10/27/2021

ブラックタウンのブータン

最近、ある用のためにJustice of the Peaceを探していました。

ロックダウンによる規制強化の中、通常利用している図書館や政治家のオフィスはサービスの提供を見合わせていたため、近所の人の紹介で同じエリアに住むブータン出身の方と知り合うことができました。

話を聞いている中で「ブラックタウンに住むブータン人はどのくらいいるのだろうか?」と興味がでたので調べることにしました。


 ブータニーズ コミュニティ 

Cloud-hidden, whereabouts unknown (Paro, Bhutan).jpg
By Jean-Marie Hullot - originally posted to Flickr as Cloud-hidden, whereabouts unknown (Paro, Bhutan),  CC BY-SA 2.0, Link


 ブータンの一般情報 

簡単にブータンについてご紹介します。

ヒマラヤ山脈に位置するブータンは北は中国、南をインドに挟まれた国です。国土の低い南部で標高100mということで国土のほとんどは高地です。チベットと同じ地域にあるため、チベット仏教の歴史が直接かかわりながら、現在のブータン王国が成立したようです。

前述したようにブータンは王国です。

Thrikheb.jpg


現在のような君主制になったのは実はそれほど古くはなく、およそ100年前にワンチュク家が王族となり世襲制の王国として成立しましたが、それ以前は、座主と呼ばれる宗教の代表職が指導的地位を持ち500年以上引き継がれていました。内部の覇権争いやイギリスの介入などがあったのち、1907年に当時東部トンサ郡の領主だったウゲン・ワンチュクが初代ブータン王となり、ここから現在の王朝が続いています。

ただし、革新的な考えを持っていた四代国王のシグミ・シンゲ・ワンチュク王により、それまでの絶対君主制をやめ立憲君主制に移行を決断され、2006年に引き継いだ5代国王シグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク王により2008年に民主的な総選挙が行われ、初代首相となるシグメ・ティンレー氏が選任、新しい憲法のもと議会政治が行われ始めました。これにより国会が国王不信任決議の権限を持つことになったため、国王としては相当な覚悟だったと思います。

2011年11月には5代国王のシグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク王夫妻が来日し、日本の皇族も近年では2019年に秋篠宮ご夫妻と悠仁親王がブータンを訪問しています。

Durbar of Ugyen Wangchuck, receiving the order of the Knight Commander of the Indian Empire, KCIE, at Punakha, Bhutan, 1905.jpg
By John Claude White (1853–1918) - British Library, Public Domain, Link


 オーストラリアのブータン人 

オーストラリア政府のコミュニティー情報によると、近年までブータンからの移民は教育や職業訓練で来た方などごくわずかで、2001年の国勢調査では国勢調査が行われた日にオーストラリアにいたブータン生まれの人はなんと63人だったそうです。

1990年代にブータン国内の治安が悪化したため、ネパールに避難したブータン人が10万人ほどおり、人道支援からオーストラリア政府が2008年から2013年の間にネパールにいたブータン難民を受け入れています。

2016年に実施された国勢調査では、オーストラリアにいるブータン生まれの人は5950人となり、2011年に行われた調査と比較し142.4%のブータン移民の上昇となったそうです。ブータン移民が最も多く住むのは南オーストラリア州で1409人。ついで西オーストラリア州の1303人。NSW州は674人となっています。

Paro day 1-58 (8202279871).jpg
By Doug Knuth from Woodstock, IL - Paro day 1-58Uploaded by AlbertHerring,  CC BY-SA 2.0, Link


 ブラックタウンのブータン人 

ブラックタウンを含めてシドニー西部は世界からくる移民、特に難民の移民を数多く受け入れています。そのことも関係してか、シドニーに住むブータン出身者はBlacktown、Penrith、Campbelltownに多く、およそ500人90家族がこれらのエリアとその周辺に住んでいます。

オーストラリア全体で見ても小さなコミュニティーですが、シドニーにいるブータン人のコミュニティーが管理しているフェイスブックのページを見るとブラックタウンを中心にコミュニティーイベントが実施されていることがわかります。

また日本語補習授業校なども参加しているNSW州のCLS(Community Languages School)プログラムにはブータン語のクラスも紹介されていて、それによるとブラックタウンで実施されているそうです。

今回、いろいろと調べていく中で、私が知り合った方が実はブータンコミュニティーの中心メンバーだとわかりました。話をしていたときには全く知りませんでしたが、ブータンにいた頃には政府関係の人だったようで、技術研修で日本に頻繁に訪れていたそうです。それもありとても日本に親しみをもってくれていました。

Bhutanese people.jpg
By Michael Reeve - Photograph taken by Michael Reeve, 23 September 2004.,CC BY-SA 3.0, Link



こういう小さな世界の繋がりがあるのでブラックタウンは本当に面白いと思います。

2023年9月1日 追記

ブータンについて調べるきっかけとなった隣人ですが、ニュー・サウス・ウェールズ大学(UNSW)で行われた難民問題のパネルイベントで彼の経験を話されている動画があったのでここに共有したいと思います。(LINK:Bhutan to Blacktown


Youtube - UNSW / A conversation about refugee leadership in Australia



引用欄: